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(平成19年11月26日、月曜日、体調が万全にならない)
22日に代休を取り、22・23・24・25日と4連休になった。1日目は京都へ、2日目は孫のお宮参りとパチンコ、3日目は中京競馬へ、4日目は完全ごろ寝デー。なまった今朝の体は、相変わらず喉の調子がおかしく、腰は今にもぎっくり腰を起こしそうな状態にある。咳はいくぶん治まったのだが、痰がどうしても切れない。咳払い、空咳が増える。これも乾燥の性だといいのだが。大病を抱える身としては、病院は常に身近にあるのだが、心臓以外の病気に関しては結構めんどくさがり屋になってしまっている。ちょっとした症状を大病院で診てもらうのは大変なのだ。自宅の近くにホームドクターを作るのが一番なのだろうが、今のところそういったものはない。そろそろ私も、ホームドクターをつくるべきなのであろう。早速、主治医に事情を話し、診断書を書いてもらことにしよう。手間が省けて喜ぶだろうな、あの先生は....
仕事は容赦なく繁忙期を迎える。リストラはどこの職場においても過労働を強いている。私の職場もご他分に漏れずなにもかも一人でこなさなくてはならない。それなりの役職を与えられ責任も与えられているのに、総務・人事・経理といった全ての仕事を泥縄式にやらなくてはならない。経理実務なんか若手がやる仕事だと思っている。これでは身が持たないし、仕事の達成感はまるで無く、ストレスが溜まる一方である。勿論、土曜出勤もしなければならない。残業時間も勤め始めて40年近いが、これほど継続的にやらなければならないのは始めてであるである。これが、最近の大食い、デブ化の原因である。
そんな私を支えているのは、趣味の世界である。パソコンを使い倒し、京都に憧れ、写真撮影に熱中する....自分の世界では自分が一番で支配者なのである(あたりまえ!)。その優越感と自由気ままさが気持ちのゆとりにつながる。日常のもやもやを浄化してくれる。仕事が忙しくなればなるほど、自分の世界は膨らみ没頭する。
22日に行った京都の写真だが、今年の紅葉には少し不満である。
(平成19年11月15日、木曜日、デジカメを首から吊るして)
喉の具合は幾分良好傾向をたどっているが思わしくない。職場で咳き込むのは気分的にまいってしまう。他人に不愉快な感を与えるのは私の望むところではない。
10月に入ってから通勤する時にデジタルカメラを首から吊るしている。特に理由は無いのだが、敢えて言えば手軽な日記帳と言えるかもしれない。通勤が楽しいはずが無い。むしろ気分が沈む。カメラを持つことで幾分気分が高揚する。勿論、電車やバスで通勤していては駄目だ。私は幸いにも徒歩通勤(約50分)をしているのだ。公園の樹木は毎日違った顔を見せてくれる。多少色付いたかと思うと翌日は真黄色に染まっている。そういったことを感じながら歩くのは実に楽しい。この時間を取るために自宅は6時40分に出なければならないが、それはそれで意味のある時間である。この頃では無味乾燥な面白くない通勤が楽しくなった。季節の移ろいを肌で感じるこの季節だからこそかもしれない。
給料日には女房に上手い物を食わせることにしている。女房殿も私と同じで完全ではないが、私のため、家族のために背一杯頑張ってくれている。今は、子供達が全て巣立って行き、時間をもてあまし気味な彼女なのだが、韓国映画に深くはまり毎晩遅くまで映画を見ているようだ。感謝を込めて・・・・・
(平成19年11月13日、月曜日、薬が切れた)
4日間自宅静養をしていたが体調は今一である。相変わらず咳が止まらない。しかも、あろうことか先週の診察を忘れてしまっていた。昨朝、薬を飲もうとして在庫がないことから判明した。おいおい、そんな基本的なことまで忘れてしまうとは一体最近の私はどうなってるんだ。ずっと体調がすぐれなかったといってしまえば終わりなのだが、なにか、最近の私は注意力が散漫である。仕事で失敗しなければ良いが。
今朝になり、
早速、病院へ駆けつけたのだが、大病院の悲しさ。予約無しでは診察待時間が滅茶苦茶長い。会社から時間休を貰って来ているので、気が気ではない。おいおい自分は重病患者なのだぞ、何をそんなに焦ってるんだ。と心の声もするのだが、なぜか焦っている。かれこれ一時間待って診察を受けた。診察を忘れたこと、薬が全く無いこと、ドックで糖尿病の疑いがあると言われたこと、咳が止まらないこと等々を話す。今日の主治医は機嫌があまりよろしくないなかった。その程度の咳は我慢しなさい、糖尿病の検査は他所の病院で出来ないか、と冷たく言う。それでも悪いと思ったのか、糖尿病検査の当日予約を入れてくれた。負荷血糖検査をやってくれるらしい。
採決室に行くと甘いトレーランGというジュースを飲まされ、採尿、採血。更に30分後、1時間後、2時間後に採尿、採血をするとのこと。おいおい一体いつになったら開放されるのか。会社へ連絡を取ろう思ったが、携帯を忘れてきた。それでは公衆電話でと思ったが、10円玉がない、勿論テレホンカードもない。売店でお金をくずし、ダイヤルを回す。「この電話は使われていません」、何度回しても同じ。会社の電話番号が思い出せないないのだ。ちょっとだけと思って会社を出たので、名刺も、携帯も持ってこなかった。こんな時である自信を失うのは。気分が目茶へ込む。採血箇所が痛む。結局、会社を半日も休むことになってしまった。先週の木・金曜日も休んだので、少し心苦しかったが、自分は心臓病患者なのだからと自分自身を言い聞かせた。その日は、少し残業をして帰った。
帰宅すると、引っ越した娘達が来ていた。2人の孫も来ていた。落ち込んでいた気分がリセットされるのが分かった。結局は家族なんだと思った。孫達の写真を撮りながら、この子達のためにも長生きしなければと、毎日の生活態度(特に食べることへの執着)を反省する私であった。
糖尿病検査の結果が心配...これで甘いものとは一切おさらばかも知れない...隣でやんちゃな孫娘が静かに寝息を立てていた。
(平成19年11月11日、日曜日、依然として体調が悪い)
木曜日、金曜日は有給を貰った。依然として咳が収まらない。これでは職場の皆が気分を悪くするだろう。PL顆粒を飲み安静にしていたのだが、依然としてスッキリとした状態にはならない。今、朝の5時14分。今日は少し体慣らしをしないと明日からの出勤はつらいものがある。
娘が引越しをして1週間になる。早くテレビ電話をセットするように娘に言っているのだが、引越しの片付けがあり、一向にやってくれない。娘にすれば環境に慣れるのに大変な時なのだろうが。この上なく切ない気持ちである。昔感じたであろう恋心に似ている。
病人に有るまじきことをしてしまった。先週の心臓診察日を忘れたのだ。私は、現在、薬を処方してもらうために、2ヶ月に1回、病院へ通っている。薬を飲もうとして薬がなくなったことに気付き診察を忘れたことが判明したのだ。最近は薬を飲むのを忘れることがある。特に夜は。情けない話である。全てのことが気持ちのゆとりの無さから起こっている。この闘病日記を読み直し、自分が死の淵で考えたことをもう一度思い出さなくてはならない。それと自分は重病人だという意識をもっと強くしなければならない。
(平成19年11月7日、水曜日、体調が悪い)
先週の頭から風邪気味である。薬慣れした私は、普通であれがすぐ薬を飲むのだが、今回は女房殿の勧めで、
風薬を飲まずにビタミンCを摂った。小康状態が続いていたが喉の痛みがなくなり安心した矢先、どうも気管支炎になったらしい。咳き込むと粘っこい痰がたくさん出る。職場で幾度となく咳き込むので他人は気分が悪いはずだ。先週末も休養に当てたが、気管支炎症状は改善をみない。それほど重症ではないのでほっておいたが、今朝は、咳き過ぎて胸が痛い。ついに薬のお世話になることにした。PL顆粒を飲んだ。この薬を飲むと眠気に襲われる。今日の出勤はどうしよう。体調が悪くなると急に重病人のように気弱になる私である。日頃は無頓着の私も、健常者とは違い死が身近あるのだと感じる瞬間である。
一番近くに住んでいた娘夫婦が、先週末、転勤で三重県多気に引越ししてしまった。週に2回は来てくれていた。私も2人の孫を風呂に入れるのが楽しみで会社から一目散で帰ってきた。その楽しみがなくなってしまった。若い夫婦は勿論頑張るだろう。でも名古屋から田舎の多気へ.....なんとなく孫達がふびんでならない。そばにいれば何でもしてやれたのにという思いが強い。一つ一つを失っていく。それが歳を取ることかもしれない。
(平成19年11月5日、月曜日、長い長い休刊)
2005年5月以来の記載である。凄く長いブランク。この間、京都検定ページ製作にのめり込んでいた。
2年を経過して私の周辺は大きく変わった。最も大きな変化は、孫が4人生まれたことであろう。
私はおじいちゃんになったのだ。男子2人、女子2人。若い頃から心臓との付き合いが始まり、もう駄目だと思ったりしたことも幾度かあったが、この孫の誕生は私の人生にとって奇跡のようなものである。
私の心臓は、自堕落な生活を送っているにもかかわらず、幸いにも動き続けていてくれる。規則正しい生活をしなければと誰よりも強く思う反面、心のどこかで、どうせ長くないのだからと囁く声がある。私はその囁きと闘うのだが、大抵は負けてしまう。特にストレス(主に仕事)を抱えている時は最悪である。大食い、ごろ寝、運動不足...結果的に大きな後悔をする。その繰り返しである。しかし、ここにきて生きることへの執着心が強くなった。孫達である。孫達の人生に自分も少しは関係し、孫達の記憶に残るじいちやんになりたいのだ。そのためには10年は生きなくてはならない。68歳まで....
私の体重は現在78kgである。身長が162cmなので超肥満と言える。心臓病患者に有るまじき体重なのだ。先日の人間ドックでも糖尿病の疑いと診断されている。そろそろ生活態度を病人モードに戻す必要がある。あの味気ない病院での入院生活、美味しいものも食べられない、トイレでの安息も得られない、風呂も自由に入れない....あんな生活は嫌だ。孫達の人生に関わるためにも長生きをしなければならない。
秋が深まってきた。街路樹は黄色く染まり、自然の巧みさを見せてくれている。私もここが頑張りどきなんだろう。