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(平成16年01月17・18日、土・日曜日、ツーデーマーチ)
この日は私にとって記念すべき日であった。というのは、手術後初めて参加する正式なウオーキング大会なのだ。寒い上に、歩く距離も15kmと長い。再発前なら、なんだこんな距離と軽く鼻先で笑っていたかもしれないが、いまの私にはとてもそんな余裕は無かった。完歩することは目的ではなかった。参加できる喜びをかみしめたかった。他の参加者とは全く違った動機で参加した。
その参加を祝福するかのように、スタート前に大雪が降り始め、一面が白銀の世界になった。私は、手袋、毛糸の帽子、コートのフード、さらにホカロンと寒さには完全防備の体勢であった。今回は、同じ職場のIさんが一緒に歩いてくれた。彼は、私より10歳上であるが、それはそれは元気な方である。私の介助者的な立場で参加してくれた。感謝、感謝である。結果的に距離の15Kmは少し長いようであった。帰宅するときに足首が痛かった。明日は大丈夫だろうか。
2日目は、打って変わって、晴天であった。今日もIさんが付き合ってくれた。中村公園には豊国神社があり、豊臣秀吉ゆかりの神社である。秀吉はここ中村で生まれたのだ。そう思うと歴史への興味がメラメラとわいてくる。Iさんと話をしながら歩いていると時間は瞬く間に過ぎる。甚目寺観音で二人の写真を撮ってもらった。10Kmのゴールはすぐであった。達成感というものは無いが、心地より疲労感が体中を駆け巡っていた。
これから先いくつの大会に参加できるのだろう。健康でありさえすれば...健康でありさえすれば...
| 1日目(名古屋市政資料館→名古屋城→四間道→久屋公園→徳川園→名古屋市政資料館) 約15Km | ||
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| 2日目(中村公園→甚目寺観音→萱津神社→中村公園) 約10Km | ||
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(平成16年01月03日、土曜日、昨年は救急病院へ)
家族で、食べ放題の店に出掛けた。昨年も同じ日に訪れた。食べ始めると皆の話題は、私の恥ずかしい体験に集中していた。
【恥ずかしい体験とは、昨年、この店から帰宅した後、気持ちが悪くなり国立病院へ駆け込んだのだ。家族は、数ヵ月後の手術を受けずに逝ってしまうのではと不安になっていたらしい。診察の結果、心臓に異常は無く、食べすぎということで消化剤をもらって帰ってきた。家族一同、大爆笑である。「本当に調子が悪かったんだ」と言えば言うほど、大爆笑である。その笑いの本当の意味が安堵感であることは百も分かっていたので、敢えて私もピエロを演じていた。】
そんな訳で、今年は慎重に食べることにした。だが、私は、その1時間後、「満腹で動けんわ」と反省の色など微塵も見せず大食いをしていた。家族も呆れ顔をしていた。今年こそは家族に迷惑をかけないようにと有言不実行なことを考えていた。鬼門のバイキングである。
(平成16年01月01日、元旦、恒例の初詣)
紅白歌合戦を見ていたのだが、気がつくと眠り込んでいた。娘達がお父さん出かけるよと起こしてくれた。私は、眠気眼をこすりながら分厚い服に身を固めた。現在の時刻24時少し前である。どこかから鐘の音が聞こえてきた。
家を出て数分歩くと多くの人が初詣に向かっていた。その流れに乗り私たちも歩いた。女房殿と2人の娘とそして私の4人である。行くのは近所の伊奴(イヌ)神社である。この神社には何かとお世話になることが多い。子供のお宮参り、七五三参り、安全祈願のご祈祷 等々 そんな縁もあってか、初詣ではこの神社でするようになっていた。これが習慣化し、今では行かないとそわそわするようになってしまった。昨年は手術を控えていたので、寒い夜は止めて、1月1日の昼過ぎに初詣をした。その点では今年はあまり心臓のことを気にすることなく初詣に向かうことが出来た。それでも携帯ホカロンを離すことはなかった。
境内に入る長い列が出来ていた。昨今はお参りにも待ち時間があるらしい。こんな小さな神社では珍しい現象である。それだけ、不景気風が吹きまくっているのだろう。それにしても若者の数が多いのには驚いた。彼らにとってはお正月も一つのイベントなんだろう。ハイテンションで喋り捲っている。待ち列の横では大きな焚き火が燃えていた。寒さを多少和らげてくれていた。
やっと順番が来た。2礼2拍手1礼の儀によりお参りをする。今年は感謝する気持で一杯だったので、それなりに時間が必要であった。大きな神木の前に立ち、木をこすり心臓をこすった。悪いところを治してくれるという風習からだ。頭も肩も...随分歳をくったなぁと呟きが音になってしまった。
来年も、その次の年も、その次の年も、家族が元気で初詣に来られることを心のそこから祈った。生きるということは素晴らしい。
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