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11月の私


(平成15年11月23日、日曜日、京都大原へ)
  以前、末娘が小学校ぐらいの時、鞍馬寺から大原三千院まで歩いたことがあった。山越えの道がかなり厳しかったことを覚えている。しかし、その時は時間が無く、三千院のバス駐車場で帰らなくてはならなかった。チャンスがあれば必ず来るぞという思いを残し帰宅した。そのチャンスがやって来た。不思議なことに今回も末娘が付き合ってくれるという。娘は、既に成人している。月日の流れるのは早いものである。
 今回は、大原三千院から比叡山へ至る「日帰りバスツアー」であった。大原三千院は観光客で溢れていた。期待していただけにその反動は大きかった。とても情緒を楽しむというものではなかった。ウイークデーに訪れなけれならない観光地だ。比叡山では住職のありがたいお説教に聞き入り、シーンとした静寂の中に歴史の重みを感じた。心に残る場所となった。意外であった。両親は随分と年老いてしまった。元気なら一緒に訪れたい場所である。


(平成15年11月02日、日曜日、京都嵐山へ)
 今回の旅行は、入院中に「元気になったら京都へ行こう」と言った私の言葉が発端である。朝の5時、私、女房殿、長女夫婦、次女の5人は、まだ夜が空けきらぬ早朝に車に乗り込んだ。
 時間が早かったので比較的スムーズに京都に着いた。京都駅の地下駐車場に車を止めることにした。ビックリである。駐車場が30分600円なのだ。7時間遊んでくるとすると約10,000円も駐車料金がかかってしまう。まぁ、折角来たので細かいことは言わず駐車することにした。それにしても大きな駐車場である。番号をちゃんと覚えておかないと確実に迷うだろう。私達はJR嵯峨野線に急いだ。時間を無駄にしたくないと皆が思っていた。

 嵯峨野嵐山で下車した。ここからはトロッコ列車に乗りたかったのだが、予約できなかったので、今回は断念だと思っていた。念のためにトロッコ列車の駅に行くと、沢山の人が並んでいた。当日分の乗車券を販売するということで、急遽予定を変更して乗車することにした。30分もならびやっと乗車券を買うことが出来た。乗車まで1時間あったので、私達は渡月橋に向かった女房殿は昔を思い出しながら盛んにビデオを回していた。私といえば、偉そうにここかしこを説明していた。空がどんよりと曇り、今にも泣き出しそうであった。嵐山がくすんで見えた。
 土産物屋を冷かしながら天龍寺に向かった。大きな銀杏木が金色に染まり、少し早い紅葉に落胆している私たちを和ましてくれた。天龍寺には有名な庭園があるのだが、今回は入場をパスして、’トロッコ列車さが’まで引き返した。相変わらず駅は込んでいた。私達はトロッコ列車に乗り込んだ。5人とも初めての乗車であった。トロッコ列車は保津川沿いに走る。眼下に保津川下りの船が見える、お互いに手を振りながら旅情を楽しんでいた。ついに雨が降ってきてしまった。約1時間(往復)、トロッコ列車を楽しんだ。私達は、終点一つ前の’トロッコ列車あらしやま’で降りた。そこから徒歩で大覚寺に向かうことになった。途中、常寂光寺にも立ち寄った。.....「清涼時」、「豆腐の森嘉」、「大覚寺」....「祇園での昼食」、「清水寺」
清水寺の参道を下る頃にはたっぷりと日が落ちていた。あちこちで店を閉めるシャッターの音がした。

 たっぷり京都観光を楽しんで京都駅に着いたのは17時少し前であった。私達は精魂尽き果てていた。女房殿が再三愚痴をもらしている。「あんたと行くと疲れていかんは」。私としては皆に随分と気を使いながらコースを選んだのだが...伊勢丹で買い物をして帰路に着いた。私は今日のこと思い返していた。家族の笑顔が溢れていた。私はうとうととし始めた。ふと気がつく。名神高速を走っているのかと聞くと、「いや、まだ京都市内です。1時間かけても市内から出れません」と娘婿が言った。普段は慌てものの私もこの日ばかりはノンビリしていた。みんなで共有しているこの時間がどこまでも続けば良いのにと思っていた。また、眠ってしまった。