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10月の私


(平成15年10月31日、金曜日、会社での散歩)
 会社に復帰して4ヶ月が経った。仕事は元気だった頃に完全に戻った感がある。以前と違うのは気持ちの何処かで”ノンビリ、ノンビリ”という言葉ば連呼されていることである。従来をマルチタスクとするなら、今は完全なシングルタスクである。元気に仕事ができる、そんな当たり前だったことにも大きな喜びを感じている。

 昼休みに私はウオーキングに出かける。たった40分であるがそれが毎日の楽しみである。リハビリと気分転換のためである。職場の裏手には平和公園という霊園が広がっている。中心には大きな池があり、いつも何人かがノンビリと釣りをしている。周りには多くの樹木が茂っており、1万歩コースが整備されている。その中を私はゆっくりと歩く。木々は紅葉の様相をみせている。あるものは真っ赤に、あるもの真っ黄色にと様々な色合いを見せてくれている。愛用のデジタルカメラでその美しさを撮る。この時間がずっと続けばといつも思っている。病気は私からいろんなものを奪った。これからも奪い続けるだろう。だが、与えてくれたものもある。その一つが自然への感性である。実に繊細な気持ちになっている自分に驚くことがある。落ちている1枚のハッパにも思いを馳せている。休憩時間はあっという間に終わってしまう。時間休でも取ろうかなと不謹慎な事を考えることもある。こんな穏やかな日々がいつまでも続くことを祈らずにはおれない。


(平成15年10月25日、土曜日、健康診断)
 来週の水曜日は会社の定期健康診断である。健康な人にとってはなんでもないのだが、わたしにとって絶えがたい屈辱である。胸部の傷跡は5ヶ月を経過しても生々しい。それを人前でさらさなければならない。別に悪いことをした訳ではないので、堂々としていれば良いのだが、そうもいかない。プライバシーをさらけ出さなければならないことへの不満と怒りがある。いやなら受診しなければ良いのだが、かえって問題がややこしくなるので、それは避けなければならない。これから毎年こんな気持ちになるのかとゆうつである。

 先週の診察で太り気味を注意された。当たり前である。こんな初歩的なことを守れないとは恥ずかしい限りである。朝食、昼食も我慢できる。まったく食べなくても大丈夫だ。だが、夕食はなぜか我慢が出来ない。こんな食生活が体に悪いことは百も承知なのだが、安堵感(自宅にいるという)からどうしても止めることができない。情けない。肥満が血管を確実に再狭窄へ導いているのに、分かっているのに自制が効かない。


(平成15年10月21日、火曜日、駄目な私)
 平穏な日々が戻って来た。月1回の通院を除けば、私を制約するものはなにもない。好きなものを食べ、好きなところへ行き、好きなことをやっている。ずっと我慢していたことを次から次へとこなしている。少し急ぎすぎの帰来も無きにしも非ずである。
 ここに来て体重が70kgになってしまった。二度再び同じ過ちを犯さないように(冠状動脈の狭窄)と反省をしてきたのだが、元気になるにつれそれを忘れている。あれほど強烈(手術)な体験したにもかかわらず。気の緩みとストレスが原因なのだろうがこのところ食べたい物を食べたい時に食べるという生活が続いている。


平成15年10月22日、水曜日、やっと戻ってこれた(ソフトウェア開発技術者)
平成15年10月21日、火曜日、今年も受験が出来なかった(情報セキュリティアドミニストレータ)
平成15年10月11日、土曜日、法蔵寺から一畑山薬師寺−名鉄ハイキング−
平成15年10月4日、土曜日、武豊町自然公園と鵜の山展望−名鉄ハイキング−
平成15年10月3日、金曜日、ドットコムメイト