TOPページこのサイトのTOPページ


 (4月17日、木曜日、T先生への受診)
 昨日は、私たちの25回目の結婚記念日だった。今日の診察があったので、特に何もしなかったが、今日は豪勢な食事をしようと思っていた。彼女は「ダイエット中だからあまり食べたくない」ともらすのだが、苦労ばかりかけている彼女へなにかお礼をしたかった。そうはいっても慢性金欠病の身としては高価なものを贈るわけにもいかない。せいぜい豪勢な食事が精一杯なのだ。
 このところ不眠症気味なのだが、昨夜は、不思議なほど良く眠れた。緊張で眠れないと思い込んでいたので、これは意外であった。午前8時に女房殿に付き合ってもらい自宅を出る。病院まで1時間かけて歩くのだ。歩くのに抵抗があった彼女も、今の亀くらいの歩行スピードには十分ついてこれるようである。ぼやきも言わずに歩いてくれた。
 9時を少し過ぎた頃、病院に着いた。時間が早いせいもあり、いつもの混雑はなく比較的空いていた。心臓外科を受けるために新患受付でカルテを作ってもらう。カルテを持って診察室に向かった。診察まで1時間以上はかかるとのことで、女房殿と院内の喫茶店に行った。これからのことを想像すると心ここにあらずという心境であった。店内から流れるTVの大きな音も耳に入ってこなかった。喫茶店で30分も時間を潰しただろうか、再び診察室に向かった。それから待つこと1時間30分、やっとT医師の診察を受けることができた。
 T医師は、前回の入院時にも会っているので、向こうは知らないだろうが、私は以前から知っている。どこか、浮世離れした感じの先生で、昔タイプの医師といえる。医師の前の椅子に腰を降ろす。「会社の先生から電話をもらっているよ」と話を切り出してくれた。緊張が和らいだ。 電話をかけてくれた先生に感謝せねば。10分ぐらいで診察が終わった。5月12日以降の入院に予約をしてくれた。恐らく第4週に手術を行ってくれるようだ。主治医はT医師に決まり、当然、手術もT医師が行ってくれることになった。心臓を2時間は止めなくてはならないそうだ。私が不安そうに「心臓はまた動きますかね」と聞くと、「必ず動く」と即答してくれた。この受答えで随分救われた。最後に、「虫歯はありませんか」と質問される。なんで、虫歯なのか分からなかったが、感染防止対策のようである。「一杯あります」と答えると、それじゃ「歯医者にも行きなさい」といって、歯科外来への伝票を書き始めた。実は、この時、私はおろおろしていた。15年前に心筋梗塞を患ってから、1度も歯医者には行っていないのである。何本か抜け落ちた歯もあり、恥ずかしくてとても診てもらえる代物ではなかったのだ。しかし、ここまで来ては抵抗できるはずもなかった。
 女房殿に付き添われて歯科外来に行く。ここは待合が人で溢れていた。不安と恥ずかしさでいたたまれない感じである。女房殿にそのことを伝えると、「しょうがないがね」とあっさり答える。レントゲンを撮ってもらい、診察となった。診察の詳細はここでは書かないが、予想通りの、恥辱を味わった。自業自得なのだが。手術までの4週間にできるだけのことをやってくれるらしい。来週の月曜日に必ず来るようにと予約をさせられた。もう、抵抗は無駄だ。流れに身を任すしかない。結局、診察が終わり、会計を済ませると15時であった。8時〜15時、実に7時間を経過していた。病人も元気でないと、とても大きな病院には通えないのだはと、馬鹿なことが頭を過ぎった。
 病院を出ると、気温は25度を超えていた。まるで初夏の様相であった。女房殿の苦労をねぎらうため、栄に向かった。そこで、中華料理を食べることにした。やっと時間の進み具合が正常に戻った。軽くビールを飲み、ゆっくりとした語らいの時間を持った。昼時を過ぎていることもあり、店内はがらんとしていた。手術の結果が芳しくなかったときのために遺書を書いておくことを話した。彼女は、「そんなことは全く考えていない」と言い放ったが、私の話すことに耳を傾けてくれた。葬式は親族だけで行う。できれば両親の面倒を見て欲しい。子供の一人と同居するように。........いろんなことを話したが、彼女は辛抱強く聞いてくれた。こんなことにはなるはずがない。私もそれしか考えていないのだが、もし。
 食事を済ませ、大須まで歩くことにした。10分も歩くと汗ばんできた。彼女もさすがに疲れたようだ。これで、後は病院からの連絡を待つだけとなった。今年の年末、元気に歩くことができるようになっているだろうか...明日のことより、少し先の未来を考えるようにしよう。これからの数ヶ月が、ドラマのように瞬く間に過ぎ、そして元気になり好きなことを存分に楽しんでいる自分を想像しよう。