TOPページ|このサイトのTOPページ
(2月26日、水曜日、愉快な同居人)
愉快な同居人の検査結果は対照的であった。一人は、激しい痛みで救急車で来院した。運が良い事に彼は狭窄個所が2箇所しかないとのことで、2箇所ともステント処置をし、そうそうに退院できるようだ。もう一人は、一見元気そうなのだが、狭窄が激しく、否応無しに手術をしなければならないらしい。元気な彼もさすがに落ち込んでいた。私は、中途半端な状態であった。このまま手術をするという選択肢もあったが、仕事のこと、家庭のことを考えると今は手術をやりたくなかった。安全な手術とは言われているが、かなりのリスクをしょうことに違いは無い。身の回りを少し整理してから手術をしたかった。主治医もはっきりとした態度を見せていない。
3月は転勤内示がある。夜勤がある現勤務場所は私には不向きであるし、上司もそう思っている。月に1〜2回の夜勤をやらなければならない。現在は、私ができない分、誰かが肩代わりしていてくれる。実に肩身が狭い。病気療養中の者は本人の意思表示(転勤したいという)がないと転勤できない。私としては、今できる唯一のこととして転勤したいという意思表示をした。ひょっとしたら転勤があるかもしれない。転勤となれば引継ぎ業務と新天地での仕事に慣れてからしか手術は無理である。転勤すれば転勤先に迷惑をかけるという思いがあるが、そんな気持は忘れなければならない。少し回り道をするが、元気になれば、必ずお返しができると信じている。
3月は多忙である。転勤の内示、長女の嫁ぎ先との食事会。4月は長女の結婚式、末娘の就職。5月は女房殿の父親の法事......なんとか頑張って5月の連休明けまで頑張らなくては。気持は手術に決まっている。ここから自分の気持をどのように整理していくかが大きな問題になるだろう。未来への希望と絶望感、恐怖感との戦いが続くだろう。私を支えてくれるのは家族だけである。
そんな事を考えていると時間があっという間に過ぎた。耳鳴りもめまいも余り気にならなかったから不思議だ。本当なら突発性難聴だけで負担なのだが、今の私にはそれ以上の恐怖感がある。

