TOPページ┃情報TOPページ┃このコーナーのTOP┃
(受験のきっかけ:平成10年4月)
仕事上で悔しい思いをしたことがシスアドへの挑戦のキッカケであった。悔しさをバネにしようと思っていたとき、インターネットのメーリングリストを探していて、システムアドミニストレータ(SAD)の国家試験を知った。仕事で電算業務の管理的な立場にあったので、まったく関係がない訳ではなかったのだが。今まで情報処理の資格など自分には縁のないことと思っていた。試験の概要を知ろうと、(財)日本情報処理技術者試験センター(http://www.jitec.jipdec.or.jp/index.html)のHPを見た。あまり親切ではないが受験に関する情報が掲載されていた。最近の合格率を確認してみる。高齢者の確率は予想通り、数%と低かった。50歳という年齢を考えると難しいのかなぁ。しかし、幸か不幸かその時の私は、仕事上のことで怒りが頂点に達している状態であった。自分の気持ちを無理やり違う方向へ向けたかった。動機としては、やや不純かもしれない。しかし、こんなことがなかったら自堕落なとりとめのない生活が続いていたかもしれない。ともかくやってみようと勉強を始めることにした。
ここからおじさんのSADへの無謀な挑戦が始まった。早速問題集を買いこみ、まずはやってみた。以外に簡単な印象を受ける。ともかく何の勉強もせず、約60%を正解することができた。仕事上での知識や、インターネット関係の雑誌を読んでいたことが幸いであった。ともかく10年度秋の試験を受けるべく勉強を始めた。いまさら自己啓発でもないだろうし、受からなかった時の恥ずかしさ等があり、誰にも話さず静かに始めた。参考書(リックテレコム社、初級シスアド徹底予想98年)を購入し、勉強を始めた。どうも今年からカリキュラムが変わったらしい。
(試験当日:平成10年10月28日)
10月28日、家族に励まされながら家を出る。地下鉄に乗るとまわりの数人が情報処理の参考書を読んでいる。結構、メジャーな試験なんだなぁと思いながら、負けじと参考書を取り出す。はっきりいって自分の実力は全くわからない。参考書を読んでいてもあまり活字は入ってこない。電車は塩竃駅に着いた。会場は名城大学(名古屋市天白区)である。急な坂道を人の群れが続く、こんなにも多くの人が受験するのかとビックリ。道すがらにいくつかの通信教育業者の可愛いおねいさんがパンフレットを配っている。何故か私には「頑張ってください」と必ずくれるのである。気分が高まってくるのを感じる。いや焦りかな。10分くらいで会場に着く。案内掲示板をみて会場に入る。若い人がほとんどで、時々、おじさん、おばさんを見かけてはホットした。
(午前試験) 昨日の台風で遠くから来る人は大変だったようである。そのせいもあってか、やや遅れ気味に試験が始まった。問題を一通り見てみる。標準偏差の問題がある。ヤバ、勉強してない。今までよりは手ごわいぞと感じる。まず1問目から始める。試験開始1時間は退室できないらしい。試験官が「今から退出できます」と言う。ぞろぞろと退出する。まだ、30問もできていないのに、いったいどんな脳みそをしているのかと感心する。少し焦りが出てくる。31問の数字の桁落ち問題、46問のネットワーク稼動率、75問の二分木、79問のグラフ.....。試験官が「ここからの退出は出来ません」と言う。試験終了10分前である。まだやりのこした問題が5問もある。あらあらあら.....。ともかく午前中の試験は終わった。
(昼休み) 昼食をとりながら、問題を思い出す。随分傾向が違ったようだ。インターネット関連の問題が増えたことは得意ジャンルで助かったが、標準偏差の問題にはまいった。全く意味のわからない問題が数問あった。おにぎりを頬張りながら、午後の試験に思いを馳せる。午後対策としてはSQLを少し勉強した程度である。勉強してもしょうがないという感じである。過去問は解いたものの、同じ問題が出るとは考えにくいし。おにぎりを頬張りながら”問題次第だなぁ”と校内を歩くことにした。気分転換には歩くのが一番。10分前に会場に行く。いよいよ午後問だ、試験に恵まれますように (-_-;)
(午後試験) 時間通りに試験が始まった。午前より人が減ったようである。問題用紙を開く、ラッキー、そんな感じがした。問1、問2、問3、問4、問5。正解かどうかは別にして、問題の意味がわかり、比較的順調に進んだ。ひょっとしたら受かるかも知れない。そんな思いが脳裏をよぎる。しかし、時は刻々と過ぎており、残りは1時間しかない。問6試験成績の表計算問題、ラッキー。しかしであるIF文で「成績結果で合否」を判定するところになって、頭がパニックになってしまった。こんな簡単な問題できるはずなのに。時間は過ぎて行くが、まとまらない。ともかく問7に進むことにした。勉強したSQLは役に立たなかった。前回より格段に難しくなっている。しっかりと覚えればよかった、後の祭である。HAVINGもORDER BYもGROUP BYも表の結合も.....空白よりはと、適当に埋める。問6に戻り、やはり適当に埋める。時間はほとんどない。しかし、ここにきて気持ちは穏やかであった。結果はともかく、よく頑張ったものだという思いが体中を駆け巡り、一種の自己陶酔に陥っていた。これでひとまず試験は終わった。後は神頼みだけである。
(その夜) 夜インターネットで関係サイトの掲示板を見ていると、今日の解答速報のアドレスが書かれているではないか。このサイトもなかなかつながらない。何とかアクセスして答え合わせをする。単純ミスの多いこと多いこと。もう少し時間があったらと後悔するがどうしようもない。午後問などできなかった問6、7の配点が他より多いらしい。もろに影響が出てしまった。採点の方法はわからないが概ね午前68%、午後65%。それぞれ70%というのが合格ラインらしい。サイトごとに解答がまちまちであったのは、今回の試験が難しかったことを表しているのだろうか。なんとか基準点が下がりますように。
(不合格:平成10年12月8日)
12月8日、待ちに待った発表の日、(財)日本情報処理技術者試験センターの合格検索データベースにアクセスし、結果がわかる仕組みになっている。何度となくアクセスするのだが、ブラウザは反応しない。掲示板をみていると合格者の喜びの声が次々と書かれてくる。合格者の自己採点を見ていると、ひょっとして受かるのではという気がする。結局、その夜はつながらず、結果は翌日の朝わかった。不合格であった。右のような冷たい応答が返ってきた。反省点はいろいろあった。
雰囲気にのまれた感じ。20年振りの試験、しょうがないかなぁ。 試験を少しなめていた。 時間がまったく足らなかった。150分もあるのに、最後まで十分に解答できなかった。
この時間不足が、このテストへの致命傷になるのではないか。理解度とは違う次元のこと(脳細胞遅伝達症状)。この対策は最も難しいだろう。SQL(データベース操作言語)への対策が甘かった。 統計関係の勉強が不足していた。 記憶がいいかげんであった。しっかりと理解しないと使い物にならない。 過去問対策だけでは無理。雑誌等で幅広い知識を得る必要がある。 こうして、おじさんの1回目SAD挑戦は完全に終わった。でも次に挑戦すればなんとかなる、落ち込むことはなかった。幸い来年からは春(4月)にもSAD試験が行われる。
くっそ!!今度は頑張るぞ私を振るいたたせてくれた数ヶ月前の腹立たしい思い。目標の出来た今、結構感謝している部分もある。
ここからは、初級システムアドミニストレータ(2回目の挑戦)へ
TOPページ┃情報TOPページ┃このコーナーのTOP┃