犬山へ思いで探しに(平成18年06月24日、土曜日)

週末の天気には自信が無い。このところの浪費で私のフトコロ事情はすこぶる悪い。したがって、遠出は難しい。明日は恐らく雨だから映画でも見てのんびりするかと決めていた。しかし、土曜日になると晴天であった。私は、昨日の思いなど何処吹く風、軽い財布をポケットに入れ、ナップサックを背負って家を出た。

ウオーキングの地図家は出たのだが、何処へ行こうという目的も無かった。一先ず、名古屋駅に出ることにした。駅構内は人で溢れていた。JRで琵琶湖まで行こうか、高速バスで京都へ行こうか、先週のリベンジで藤前干潟へ行こうか.......悩むこと10分。結局、犬山へ思いで探しに行くことにした。私は犬山で生まれた。幼い頃のアルバムを見ると、犬山で撮られたものが多い。両親達も犬山で生まれていた。おじいさんが亡くなって足は遠のく一方で、寂しい限りである。そんな訳で左のようなウオーキング計画を立てた。名鉄犬山線で柏森まで行き、そこから木曽川に出て、犬山城へ行く。後は、城下町をのんびり歩いて、犬山駅から岐路に着く。行程にして15kmといったところか。電車の窓からは少し早い夏を告げている真っ青な空が見えた。

ウオーキングの写真 真っ青な空の写真 真っ青な空の写真

真っ青な空の写真柏森駅に着くと工事中であった。完成予想図というのが張ってあり、随分と立派な建物になるようである。私は、いつものように一眼デジタル(NikonD50)を首から下げ西に向って歩いた。地図は全く無い。犬山が北の方向にあるということだけが分かっているた。駅前を抜けると嘘のように静かになった。車の走行音は聞こえるのだが、名古屋とは全く違った感じである。少年時代に遊んだ自然がそこには残っていた。歩くとやたらと神社仏閣が多い。それらをカメラに収めながら歩く。風が全く無い。紫外線で肌が痛いような錯覚に陥る。それほど夏の日差しであった。空の青さが素晴らしい日である。空に向ってシャッターを押すと露出オーバーでシャッターが切れない。それほど、空の面積が広いのだ。ビルに囲まれ額ほどの空しか見えない名古屋とは大違いである。
2時間も歩くと木曽川に出た。遠くに犬山城が見える。しかし、その距離はかなりある。河川敷に降り、子供達の野球を見る。「×××イチロー杯」と書いてある。暑いので子供も大変だが、親達も必死である。ふと娘達がソフトボールに出たときの自分自身の親ばか振りを思い出した。その横で、お年寄りが元気にパターゴルフに興じている。

真っ青な空の写真 木曽川の写真 犬山城の写真

犬山城に上る。係員の接遇はそれほどほめられたものではない。「この障害手帳は利用できますか」と差し出すと「切符売り場で聞いてくれ」ととても親切な対応とはいえなかった。私も障害者という立場にあぐらをかいている節があるので、大いに反省しているところである。料金は障害者ということで半額の300円であった。この入場料には、城の他に2施設の入場料も含まれていた。何度となく上った城なのだが、障害者にとっては誠に酷な階段であるた。「お年寄り、障害者は危険です」と書いた看板がいるのではと思うほどであった。看板、そんな看板を立てたら大問題に発展するかもしれないが。この城の運営は退職者(どこの退職者かはわからないが)で運営されているようであった。天守閣に登ると眼下を木曽川が流れる大パノラマが広がるのだが、網が張ってないので、飛び降りようとすれば飛び降りてしまえるのだ。肛門がもぞもぞしてとても手すりにつかまることは出来ない。しかしである。ここに先ほどの退職者2名がずっと立っているのである。お客の安全を守るためなのだろうが、それにしても大変である。覗き込むだけで目が回りそうなここでずっと立っているのだから。このままではいずれ事故が起こるであろう。監視も良いかもしれないが、安全網を張るのが一番だと思う。つまらないことを書きすぎてしまった。それにしても蒸し暑い。さぞや川からの風が涼しいだろうと上ってきたが、全く風を感じない。

天守閣からの写真 恐ろしい階段の写真 天守閣からの写真

帰りに針綱神社に寄る。私が千歳飴を持って七五三で写っている写真を思い出す。娘達はそれぞれ立派に育ってくれた。私はどうだったんだろう。両親の期待通り育ったのだろうか。迷惑をかけたことばかりが思い出される。両親とも80歳になるが健在である。もっともっと長生きして欲しい。タオルを首から下げ、汗を拭き吹きのウオーキングだったが、記憶に残るものとなった。青い空が印象的な一日であった。


【走途中で出会った花たち】

花の写真 花の写真 花の写真


    
 

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