9時20分、ウオーキングの開始である。駅構内は元気の良いお年寄りで溢れている。出発は東海道53次で知られる本宿である。駅を出て一号線をくぐる。駅前は近代的に模様替えされとても歴史を感じることなど出来ないが、1号線をくぐり旧街道に出ると、どこかかしこに昔の匂いを残している。左に折れると1軒の自転車店があった。懐かしい店である。以前自転車が故障したとき親切にしてもらった店であった。その店は記憶のままであった。元気な頃の自分を思い出していた。5分ぐらい歩くと右手に法蔵寺があった。過去に3回は走った(自転車で)道なのに全く気づかなかった。法蔵寺は701年、僧行基の開山と伝えられている。家康が今川氏の人質時代に、この寺で手習いや漢籍を学んだそうで、なぜか、近藤勇の首塚もある。(なぜ、近藤勇なのか不明である。一度調べると面白いのだが)
| 本宿の駅 | 法蔵寺 | 法蔵寺(近藤勇の首塚) |
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法蔵寺を後にし、再び旧街道に戻る。しばらく歩き、左折し、1号線を再びくぐる。道なりに西に進む。左手には名鉄電車がが走り、右手には深い森が続いている。もうすっかり秋である。柿は色づきコスモスが咲き乱れている。そんな中をゆっくりと私は歩いた。参加者の誰よりもゆっくりと。そのスピードだからこそより強く自然を感じることができる。今、自分がこうしていることに感謝せずにはいられない。不覚にも涙が落ちた。涙もろくなった最近の私である。やがて道は森の中へと入っていった。坂道が続く。健常者なら問題ないのだが、私の息切れはひどい、何度となく休憩を繰り返してその坂を上りきった。結果的には300メートル程度の坂であったが、私には果てしなく長い坂であった。自分の体調の変化を否応なく知らされた。これが現実なのだ。しかし悲壮感はない。この現実を受け止めてどう生きていくかの方が大切なのだ。頂上(?)で休憩をとり再び歩き出す。
| 秋の装い(1) | 秋の装い(1) | 秋の装い(1) |
| 秋の装い(1) | 深い森 | 果てしない坂 |
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舞木町西の交差点を渡ると山中八幡宮である。ここは岡崎文化百選に選ばれている。家康が三河一向一揆から難を逃れたという鳩ヶ窟で知られている。ここの階段も私には過酷であった。100段近くはあるであろう。パスすることは簡単なのだが、こんなことで挫けてはと休憩しながら上る。頂上にはなんとも特徴の無い本殿があっただけである。ここから自宅へ電話を入れる。家族に行く先を告げずに出たので連絡を入れるためである。これまでもことを話すと、お袋がえらく心配していた。「無理はしたらあかんよ。折角助かった命だから」 簡単に聞き流すことは出来なかった。電話を切り、ふと空を見上げると、抜けるような空がまぶしく光っていた。下山をし再び平地を歩く。
かれこれ2時間は歩いたので、もうじきゴールだろうと思っていた。ところが、ところがである。ここからは地獄であった。掲載した写真では分かりにくいかもしれないが、標高200メートルぐらいの山に登る羽目になってしまった。足場の悪い山道をである。フーフーと息を切らして上る。足場の悪さでめまいも強くなる。何度止めようかと思ったことか。「無理はいかんよ」というお袋の言葉が思い出される。休憩しながら休憩しながら。見上げると随分と上の方を歩く人が見える。まだ、あそこまで歩かなければならないのかと意気消沈である。30分も歩いただろうか。やっと頂上に出た。参加者が思い思いに弁当を広げている。私は端の岩場に腰かけた。下から吹き上げる風が汗まみれの体に心地よい。なんとか歩きとおすことが出来た。不安感より達成感の方が強かった。女房殿が作ってくれた握り飯を頬張る。最高の味である。(予断だが、登った山の名前が牛乗山とは...)
| これはキツイ(1) | これはキツイ(2) | 牛乗山の頂上(1) |
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| 牛乗山の頂上(2) | 牛乗山の頂上(3) | 牛乗山の頂上(4) |
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15分ぐらい休憩をしゴールに向かった。薬師寺に向かった。5分も歩くとゴールである。苦しさが快感に変わった。体が、感激で、小刻みに震えていた。懲りない私は来週も参加しようと思っていた。新車を買った末娘にお守りを買い、ハイキングバスに乗り込んだ。時計を見ると12時20分。3時間のハイキングであった。
| 薬師寺(1) | 薬師寺(2) | ハイキングバス |
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