1年ぶりの京都行きである。今回の旅は身勝手な一人旅ではなく、女房殿への感謝の気持ちを込めたものであった。何故自分だけが病気に苦しめられるのか。病気に負けてたまるかという気持ちの裏にはいつもその気持ちがあった。だが、病気に苦しんだのは自分だけではなかった。家族が同じように苦しんだのだ。特に、女房殿には大変な思いをさせてしまった。楽天的な彼女もさすがに参ったようで、私の前では弱音や泣き言を言わなかったが、それは手に取るように分かった。少しでも恩返しが出来たらと出かけた今回の旅である。
8月30日
名古屋発7時39分発ののぞみで京都に向かう。500系統ののぞみが、流線型の低い車体でホームに滑り込んできた。彼女と二人で乗り込む。京都まで所要時間は35分と極端に短い。下手をすると自宅から名古屋駅までの方が時間がかかるかもしれない。8時15分、列車は予定通り京都駅へ着いた。ここ数年京都を訪れていない彼女には驚きのようだった。京都駅(写真)が以前とは比べ物にならないほど超近代的な建物へと生まれ変わっていたのだ。歴史の街、京都、およそ不釣合いに見えるこのコントラストが私は好きだ。彼女と構内を散策し伊勢丹の屋上にも行った。まだ、時間が早いので店は開いていなかったが、それでも屋上の展望に彼女は満足していた。早速、駅前のバスターミナルに飛び込み1日乗車券を購入する。バスと地下鉄がセットになったもので1,200円であった。
| 京都駅(1) | 京都駅(2) | 京都駅(3) |
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ターミナルを出るとバスが入ってきた。祇園方面へ行くバスであった。早朝は鴨川散策を計画していたので真に都合の良いバスであった。バスは三十三間堂と国立博物館の間の道を東に進み、最初の道を北に折れる。五条坂、清水坂を過ぎ祇園である。八坂神社を少し過ぎたあたりでバスが止まった。少し戻り交差点を渡り右に折れる。一力茶屋から花見小路を撮影する。道を直進し、南座を過ぎ、交差点を渡り、四条大橋横から鴨川河川敷に降りる。この路を歩くのは2年振りである。元気に彼女と歩けることに涙が出る。川面を撫でる風が心地良い。時折凄いスピードの自転車が横を走り抜ける。少し興ざめの感である。彼女の疲れ具合から三条大橋を過ぎたあたりで歩道に上がる。途端に蒸し暑い空気に包まれる。どんよりと曇った空が雨の近いことを知らせている。
三条大橋から大原行きの京都バスに乗る。ここから、叡山電鉄に乗るため出町柳に出る。生憎、観光客が一杯で座ることはできなかった。手に手に観光マップを持ち目を走らせている。若いカップル、婦人達のグループ、私たちのような中年の夫婦、実にいろんな人たちが京都を楽しんでいる。京都は老若男女を魅了する街なのである。吊革に掴まると、左手の傷(動脈を摘出した跡)が痛々しい。ついつい周囲の目から隠してしまう。情けないが、これは習慣になってしまったようだ。そうこうしているうちにバスは出町柳に着いた。
| 八坂神社 | 祇園花見小路 | 南座 |
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| 四条大橋下 | 三条大橋(1) | 三条大橋(2) |
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叡山電鉄は宝ヶ池で鞍馬行きと比叡山行きに分かれる。幸い私達が乗車したのは鞍馬行きなのでのんびりと腰を下ろし車窓から流れる風景を楽しんだ。社内は、夏休み最後の土曜日ということもあってかなり混んでいた。電車のガタンーゴー、ガタンーゴーというなんともスローな響きが気持ちを穏やかにしてくれる。街並みを抜け、電車は山間を走る。鉛のような雲はどこかに消え、暑い夏空が戻っていた。外は暑そうである。
30分も乗ると貴船口に着いた。時刻は10時20分であった。駅に降り立つと料理屋の車が迎えに来てくれていた。といっても私たちを迎えにきたのではなく、この時間帯には定期便が走っているようだ。渓流を右手に見ながら車は山道を登っていく。案内には歩いて30分と書いてあったが、とても私達には登れそうもない距離と勾配であった。良かったなと二人で顔を見合す。車は歩いている人をよそに力強く走る。
昼食の予約は11時30分なので、先に貴船神社を参拝することにした。貴船神社前で車を降りる。ここは、京都を舞台にしたドラマにはよく登場するロケーションなのだが、感想は、”なーんだ”こんな程度かであった。観光地というものは往々にしてこうしたものだ。折角来たので、奥の院まで行くことにした。渓流沿いにずっと川床料理屋が続く。渓流の音が耳につくほどうるさい。私達のすぐ横が渓流なのだ。しばらく歩くと、予約した”右源太”があった。予約時間までは随分とあった。しばらく歩くと一番上流に”左源太”という店があった。先ほどの”右源太”とは違ったモダンなつくりであった。そこから奥院までは10分ぐらいである。なんにもないところだった。シーズンだというのに人の手が全く入っていない。建物の色は剥げ、くもの巣が張っている有様であった。”なーんだ”これはという印象であった。
落胆気味の気持ちで今来た道を降りていく。こうなれば川床料理を楽しむしかないようである。”左源太”を左に見て、しばらく歩く。”右源太”である。「名古屋から来た**ですが」と言うと、「すいません”左源太”に最高の席を取らせてもらいました」と言う。「エー、また戻るの」不満たらたらで再び道を登っていった。しかし、店員の態度がすこぶる良かったので、知らず知らずのうちに不快感は消えていた。貴船川の最上流の桟敷に席を作っておいてくれた。私達は冷たい水に足をつけ、料理の来るのを待った。料理はそこそこであったが、雰囲気がそれを十分に補っていた。来て良かったと思った。女房殿にも感謝の気持ちを言葉にして伝えることが出来た。
帰りは大変であった。行き交う車の割りに道幅が極端に狭い。狭い道を散々待たされ貴船口に着いた。数分もするとおよそ風景に似つかわしくないカラフルな電車が入ってきた。鞍馬からのお客が多く、座ることは出来なかった。
さぁ、ここからどこへ行こうか。全く計画を立てていない今回の旅である。
| 貴船口 | 貴船神社 | 右源太 |
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| 川床(1) | 川床(2) | 叡山電鉄 |
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午後からの暑さは名古屋並であった。私達は。「宮本武蔵の開悟=さとりの地(一乗寺)」と「銀閣寺」を見物した。彼女は少しグロッキーになっていた。彼女がどうしても行きたいといっていた清水寺に足を向けた。時間は17時を回っていた。一部の店がシャッターを下ろし始めていた。彼女は口数が極端に減っていた。あまりいろんなところへ行き過ぎたのかもしれない。私としては折角来たのだからと思ったのだが、彼女には負担だったのだろう。参拝を済ませ清水坂をバス停に急いだ、帰りの新幹線が19時09分だったので、土産を買う時間を考えるとそれほど余裕はなかった。バスは満員通過の状態であった。私達は少し贅沢ではあったがタクシーで京都駅に向かった。機転のきく運転手のお陰で、18時を少し過ぎた頃には京都駅に着いた。ここからは女房殿の独壇場である。元気のなかった彼女が急に元気を取り戻し、ここにあそこに、あの人にこの人に、列車の時間など全く気にしていないようである。気がつくと持ちきれないぐらいの土産を買っていた。お陰で夕食は駅弁になってしまった。
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今回こそはのんびりとした旅にするつもりであったが、結果的には彼女を随分疲れさせることになってしまった。反省である。私なりに彼女を楽しませようと頑張ったのだが、頑張りすぎたらしい。帰りの新幹線で、彼女は完全復活していた。内心ホットした。子供達が3人とも成人したので、これからは二人で旅する機会も増えるだろう。今回の反省を生かしのんびりとした計画を立てようと決めていた。これからの人生を二人でゆっくりと生きていこうとボンヤリと思っていた。彼女が寝息を立て始めた....
窓から名古屋の夜景が見えてきた。今回の旅も終わりである。