ハイキングバスツアー、京都へ(平成13年11月14日、金曜日)


プロローグ

 このところかなりハードに仕事をこなしている。11月11日は日曜出勤であった。岡崎健康フェアに参加したのだ。そのせいもあり体が疲れ気味である。15日(金)は代休と随分前から分かっていたのだが、その日の予定が立たない。気持ちとしては紅葉を見に出かけたいのだが、家でゴロゴロしたいという欲求も強い。決心がつかないまま今日まで(12日、月曜日)きてしまった。一先ず、バス会社に電話を入れてみた。というは、今回は「日帰りバスツアー」で京都の高尾に出かけたかったのだ。出発まで日がないので恐らく駄目(満席で)だろと思っていたが、意外にも空席があるとのこと。迷っていたものが吹っ切れた。その場で予約をした。参加費も当日でよいとのこと。参加費3,900円。なんと安いことか。こうして、優柔不断というか他力本願というか、ともかく京都行きが決まった。

当日

 疲れたとき(精神的)には京都が一番である。歴史の重みに身をまかせると実に気持ちが良い。あまり有名でないお寺でのんびりするのが好きだ。平常とは違う時間の流れを感じる。京都はいつでも深い懐に私を迎えてくれる。
 集合時間は午前7時20分である。私は料金を払わなければならないので、少し早めに集合場所に出かけた。午前7時。それでも既に何人かの参加者が来ていた。バスツアーは料金的にも時間的にも効率的ではあるが、団体行動というルールがある。集合時間をきっちりと守り、他のツアー客に迷惑をかけないようにしなければならない。時間になっても数人の人が未だこない。添乗員が大声で名前を呼んでいる。どこにでもルールを守れない人はいるものだ。それでも10分遅れでバスは出発した。お客は44人。男性はたったの4人。
 バスは、一宮インターから名神高速道路にのり、京都に向かう。社内でハイキングコースが書かれた地図が配られた。今日のバスツアーはハイキングバスツアーなのだ。高尾にある高山寺、円明寺、神護寺、錦雲峡、清滝ハイキングコース、を経て化野念仏寺がゴールである。距離は7.6kmである。勉強不足で来てしまったので、初めて今日のコースを知った。数年前、女房殿と歩いたことを思い出す。なんといっても強烈な印象は神護寺の石段である。山門まで行き着くのに何度も休憩を取りながら、息も絶え絶えに登ったことである。(彼女も今日は職場から長野県にバス旅行に出かけている)

11時20分、京都の高山寺に着く。ここからは自由行動である。16時30分までに念仏寺の駐車場に集合ということであった。高山寺は漫画のルーツとも言われている鳥獣戯画があるお寺である。思わずこんな歌を口ずさんでしまう。

京都 栂尾(とがのお) 高山寺(こうざんじ)
恋に疲れた女がひとり、
大島つむぎにつづれの帯が
影を落とした石だたみ
京都 栂尾 高山寺
恋に疲れた女がひとり

鳥獣戯画を見ることは出来ないが、杉林に囲まれた風情のあるお寺である。恋心があれば歌のとおりなのだろう。女房殿が鳥獣戯画のテレホンカード買ったのを思い出す。女性にとっては一度は訪れてみたいお寺のようだ。

 高山寺を一回りすると車道に出る。道の両側には「湯豆腐」、「甘酒」、「抹茶」....の店が並ぶ。車を避けながら円明寺に向かう。ここは紅葉の名所である。拝観料400円を払い中に入る。数年前の印象に比べて紅葉(もみじ)の色がくすんでいるように見えた。もう峠を過ぎてしまったのかもしれない。それでも境内横にある紅葉(もみじ)は素晴らしい赤を表現していた。太陽の光がさらにそれを強調する。カメラを向けるが思うようなアングルが取れない。安手のデジタルカメラのせいである。望遠レンズがあったらなと残念である。境内は数分もかからず通り抜けが出来る。この400円はちょっと高いのでは。
 境内をでると道はかなり急なくだりである。" 神護寺への近道"と書かれた看板が立っていた。川沿いに赤い毛氈を敷いた桟敷が並ぶ。いよいよ神護寺である。
 

肥満気味な体で石段を登る。前回に比べて疲労度はどうなのだろう。そんなことを考えながら上がる。5分も上がると息があがり、足が上がらなくなる。Gパンがまとわりついて自由を許し
てくれない。降りてくる人は余裕の表情である。ここの紅葉(もみじ)は最高である。桟敷に腰を降ろし、しばしの休息。もみじを眺める。真っ赤である。昔は、こんなもみじが私の住む町にもあったような気がするが、今はこうして出かけないと見ることはできない。寂しい限りである。数分休んで再び上がり始める。
 山門がやっと見えてきた。ここからのアングルが最高である。もみじ越しに見える古びた山門。写真を何枚か撮り、ラストの上がりである。やっとこさ上がりきった。人の目も気にせずへたり込む。ペットボトルを取り出し、お茶を飲む。同じように座り込んでいる人がたくさんいる。10分ぐらい休憩をとり、下り始める。下ってすぐのところに硯見亭がある。ここの桟敷に座り”もみじ蕎麦”を頼む。真っ赤に紅葉しているもみじの下で私は秋を楽しんだ。独楽鼠のように働き、人と争い、つまらないことに悩む。その全てが今の瞬間は無である。この時間がこのまま続けば......(すぐに退屈してしまう自分が容易に想像できる。)


 軽いステップで階段を下りる。先日買ったトレッキングシューズが威力を発揮している。神護寺を後に清滝川沿いを下る。ここを錦雲峡というらしい。添乗員のお兄さんが、傍らの石に腰を降ろしている。紅葉は思ったほどではないが、来て良かったと強く思った。不意に涙がでてきた。歳のせいなのだろう。
 一本道である、迷う要素はない。ところがである。清滝を過ぎたころからおかしくなってきた。完全に迷ってしまったようだ。私は一般道の急な坂道を歩いていた。歩きながら、この道は違うなと思った。横を通る車もバイクもローギアーで必死に登っている。そのくらい急な坂道である。いまさら引き返すのも馬鹿らしいので、上だけを見ながら歩く。腰を降ろしてお茶を飲む。体中から汗が吹き出ている。歩きは始める。しばらく歩いて地図を落としたことに気づく。先程、休憩したときに落としたらしい。取りに戻るほどの気力は無い。私は記憶に残っていた落合峠、念仏寺という固有名詞だけを頼りに歩かなければならなくなった。時刻は午後2時30分、集合時間まで2時間あるものの少し不安である。坂道は相変わらず続く。不安に駆られ自宅に電話をする。こんな山の中でも通じた。お袋に事情を話す。あきれた感じで「警察に電話したら。警察に!」と言う。電話を切る。いよいよ深刻である。方向は間違っていないはずだが。どうやら頂上に着いたようだ。しかし、落合峠の標識は無い。自分の方向感覚を信じて歩く。道が急に狭

くなった。道はかなりの角度で下っている。車も通らなくなってしまった。まぁ、最悪は自分で帰れば良いさと思い切る。団体行動をできない人とさげすまれるだろうが、二度と会うことの無い人たちだ。と。その時。向こうのほうから一人の老人が歩いてきた。助かったと思った。「あの〜、念仏寺に行きたいのですが」と尋ねると、「この道をもう少し下ると突き当たるので、それを右に行けば念仏寺です。後15ぐらいです。」と教えてくれた。丁重にお礼を言い、道を下った。言葉どおり道は突き当たり広い道に出た。しかも人通りが滅茶苦茶多い道に出た。ホットした。見覚えのあるツアー客の顔も見える。
 安心して念仏寺に入る。テレビなどで幾度となく紹介されているので、それほど新鮮味はないが、来るたびに思うのは、意外に狭いということである。ロウソクが揺れる夜の念仏寺に来てみたいものである。時刻は3時を回っていた。
 私には最後に残された大きな仕事があった。地図を無くしたので集合場所が分からないのである。同じツアー客を探して教えてもらわねばならない。念仏寺の前の道を嵯峨野方面に下る。右:嵯峨野、左:大覚寺と書かれた標識に出くわす。さてどちらにいったものか。結局、両方を歩いてみたが駐車場はない。またまた、迷ってしまったようだ。念仏寺まで引き返し、添乗員の人を待つことにした。時間が迫ってきた。本当なら土産物を買いたいところだがそれが許されない。.........結局、同じツアーのおばさんに教えてもらうことになった。午後4時。やっと駐車場を確認できた。
 今日の私は一体どうしたのだろう。前半は京都を楽しんだが、後半は焦りまくりであった。折角の京都なのに惜しいことをしてしまった。バスは定刻の4時30分に出発した。名古屋着8時ジャスト。今回の小さな旅は終わった。おかしな体験を脳裏に刻んで。


概略地図(Yahoo Map)