勉強日記(1級)その1(勉強日記その2へ続く


2007/11/11 「満つれば欠くる世の習い」

日光東照宮の陽明門(国宝)には柱が12本あり、その内の1本だけ逆さにしてあることを知った。(テレビドラマ、西村京太郎シリーズ)”満つれば欠くる世の習い”である。 京都にも同じような考えで立てられたものがある。 それは、京都御所と知恩院である。他にも沢山あるんでしょうが私の知っているのは2つ。

御所の築地壁は長方形なのだが、鬼門の方向に当たる一箇所だけに切り込みが入れられている。猿が辻と言われているところ。もう一つは、知恩院。知恩院御影堂の屋根の上には2枚の瓦が取り残されたように置いてある。これは完成の一歩前で止めたと言う意味があるそうだ。昔の人は実に風習を大切にしていたのである。


2007/10/19 「つらい別れ」

週に3度は遊びに来てくれていた孫(彼女)が、父親の転勤で松阪へ引っ越すことになった。しかも、週末には松阪(実際はもう一駅南の多気)へ行くそうである。 彼女が私をやっと「じじ」と呼ぶようになってくれた矢先のこと。いずれは転勤するだろうと思っていたが、いざ、その日がくると寂しい気持ちで一杯である。平静を装ってはいたが内心はボロボロ。「遠いと言ってもたかが松阪」と慰めてみるものの気持ちは一向に晴れない。娘は「月1回は帰ってくるから」と慰めてくれるのだが....名古屋から特急で70分...毎月、私も松阪通いになるのだろう。

天使のようなこの子を連れて京都旅行。それが私の夢だ。「じじは京都のことをよく知っているねぇ」と言われたい。この子に京都の素晴らしさを伝えたい。後、最低5年は元気でいなくては...勿論、他の4人の孫も連れてだが...


2007/10/15 「名古屋祭」

この土曜日、日曜日は名古屋祭であった。これほど市民間に定着していない祭(いや、これは私の個人的な感想である。)はない。若者は完全に無視状態。祭を楽しんでいるのは、山車を引っ張る人、英傑行列で英傑になりきっている人、それらを運営する人、その他祭に関係する人達だけではないだろうか。私も、50数年間、名古屋に住んでいるが、名古屋が誇る祭と思ったことがない。祇園祭とどこが違うのだろう。単純である。町衆(市民)の祭への思いが全く違う。その思いは一朝一夕で出来るのもではなく、長い時間と歴史が作っていくのだろう。わいわい華やかであればよい的な名古屋祭とは根本的に違う。

 私は、名古屋祭の昨日、いつものように、歩けることの喜びを感じながら町の中心街をウオーキングしていた。その時、偶然に山車に出会った。規模は名古屋祭の比ではないが、こちらの祭のほうが地元密着型で、祭を皆で楽しんでいるという雰囲気があった。祭はこうでなくては!!


2007/10/10 「作品」

歳の性なのかもしれない。最近、何かを残したい(未来に)という気持ちが強くなってきた。ひょっとしたら季節の移り変わりに少しセンチになっているだけかもしれない。無芸大食の私に何が残せるのか。やはり京都関係で...そうだ写真関係で...それだけでは(失礼、写真は実に奥深く、これはこれで極めるのは難しいものがあるのだが。)...芸がないので、そこに自分の気持ちをこめてみては...と思いついた。そんな気持ちで作った1枚。広隆寺の桔梗である。夏真盛りの中で可憐に咲いていた。桔梗は木編を取ると、更に吉ということになり。縁起の良い花とされている。明智光秀の家紋にもなっている。

この作品は、Photoshopで作ったが、技術不足で満足度60点といったところである。精進、精進...


2007/10/4 「嵐電沿線ウオーク」

今年の夏(7月27日)、私はやっと夢を果たした。嵐電沿線を歩くことだ。(そのホームページを作ったので、よかったら見てください。)暑さで頭がくらくらする1日であった。生きている実感を存分に感じた日でもあった。
小さなたびへジャンプ

なんといっても感動したのは、広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像である。その慈悲深い眼差は、無宗教者の私にすら、仏教の何たるかを伝えてくれていた。感動であった。写真撮影は禁止されているのだが、禁を犯してまで撮る奴はいないだろう。それほどの緊張感があった。もっとも監視の目も厳しく、テープレコーダーに感動を吹き込んでいたら、不審に思われ、注意を受けたほどだ。


2007/10/3「試験は無理みたい」

定年まで後2年半。少しはのんびりできるかと思いきや、過酷な仕事が私を待っていた。12月14日が監査に当たってしまって、今年の1級挑戦は無理なようだ。無理をして受験しても楽しめないようでは意味がない。勿論、京都の勉強は続けて行くのだが。人員削減もいい加減にしろと叫んでしまう私だった。

そんなこともあり、これからは私の周辺で起こった出来事もちょくちょく書いていこうと思う。  先ず、先週、4人目の孫が生まれた。昨夜から娘が里帰りしていて、閑古鳥が鳴いていた我が家にも再び明るさが戻ってきた。

私の夢は、この孫達に京都を案内してやりたいということである。「じいちゃんは凄いな」と思われるためにも日頃の研鑽を深めねばならない。小さな夢である。

(受験生の皆さん!!京都検定まで2ヶ月ですね。頑張ってください。)


2007/8/23 「勉強の進み具合はどうですか」

試験まで残り3ヶ月になった。勉強の進みは牛歩の如くである。  最近、妙な癖(習慣)が付いてしまった。本屋に行って京都の本(京都本)を見かけるとすぐに買ってしまうことである。以前から衝動買いの傾向はあったのだが、京都本については衝動買いを越え、義務的購入になってしまっている。だから、読めない本の数がどんどん増えてきた。勉強しなければという強い潜在感(ストレスのようなもの)が私にそうさせるのであろうか。

最近は、公式テキストブックを最初から読み、問題形式で要点をまとめるようにしている。本当は手書きが良いのだろうがExcleでまとめている。それが完成次第、漢字の書き取り練習も含めて復習をしようと思っている。まとめを9月中に、復習を10月中に、1級重点対策を11月に....  とは言っても、仕事を持ち家族(といっても女房殿だけ)の生計を支える私。何かと仕事が忙しく、どれだけ京都検定の勉強に熱中できるかが問題である。  なにも焦ることはないのだが、他にやりたいこともたくさんあるので、是非、今年の京都検定で1級合格を果たしたいものだ。選択式問題なら自信があるのだが(あったり前!!)....

(豆知識)  三時知恩寺、百万遍知恩寺、知恩院...間違いやすい


2007/8/9 「漢字の書き取りテスト」

漢字書き取りテスト...こんな言葉があったような。中学校時代に国語の授業を始める前に必ずあった書き取りテスト。それから40年以上経った今、再び漢字に苦しめられようとは。2級までは選択式なのでいい加減な暗記でも十分通用するのだが、1級は駄目なようだ。そもそも読めない漢字が多くある京都、それを漢字で覚えなければならない。物凄い記憶力が必要である。ワープロからパソコンへ、手書きがめっきり減った昨今、これはかなり高いハードルのように思える。  今日の勉強でも、弧蓬庵の忘筌席、高桐院の松向軒.....漢字、これは予想以上に私を苦しめるかもしれない。

   お盆休みが明日から始まる。京都へ出かけたいのだが、さすがに(本年5回目は)女房殿の許可はもらえないであろう。相談するのも尻込みする私である。寺町通りをのんびり歩きたいのだが。


2007/7/27 「ジュニア日本文化検定テキストブック」

ジュニア日本文化検定テキストブック。先日買った本。あまり期待していなかったのだが、これがなかなかの優れもので、公式テキストで不明確だったところが実に分かり易く解説してある。1級の記述試験でも十分に使える内容であった。ここ数日、夢中に読んでいる。  私は、今年で58歳になるが、この歳になると丸暗記というのは大変難しく、情報を関連付けて覚えなくてはならない。そのためには理解するということが基本になる。ジュニア日本文化検定テキストブックの一読をされては如何であろう。

 本日は、夏休みを取って京都に出かけることにした。祇園祭りも殆ど終わってしまい、少し残念なのだが...その分、観光客が少ないので静かな京都を味わうことができるかもしれない。私は名古屋に住んでいる。京都は新幹線で40分弱の距離。京都をこまなく歩き素朴な京都を味わいたいというのが狙いなのだが、まだまだミーハーな観光客で、到着するや否やあわただしく動き回ってしまう。今回は、京福電車(嵐山線)沿線を四条大宮から嵐山まで歩こうと思っている。まだ、一度も行ったことのない、鹿王寺、車折神社、広隆寺...楽しみである。

(名古屋地方は梅雨が終わったのでしょうか。今日も蒸し暑くなりそうです。)


2007/7/24 「衝動買いした本」

またまた本を買ってしまった。  
「第3回京都検定問題と解説」(1,143円+税)
「ジュニア日本文化検定」(952円+税)  
「京都夏百景」(淡交社、680円)
 まず、昨年挑戦した「第3回京都検定問題」をやってみた。得点は95点。1級対策勉強を始めて1週間経っているので、こんなもんかもしれないが、予想外に好成績であった。少し自信めいたものが沸いてきた。しかし、所詮これは選択式問題だからなのだ。選択肢を無くした問題なら50点そこそこであろう。確かな記憶、漢字の読み書き...私の課題は沢山ある。

 淡交社の京都夏百景は、読んだ後に清涼感が残った。暑い夏を少しでも快適に過ごそうとした先人達の思いが伝わってくる。今週の金曜日は有給をもらったので京都へ出かけて、京福電車嵐山線を四条大宮から嵐山まで歩こうと思っている。兼ねてからの夢であった。


2007/7/11 「いよいよ勉強を開始」

失われた記憶を取り戻すため、過去問題集をやることにした。教科書を頭から読み直せばいいのだが、一先ず実践面から入ることにした。ある程度記憶を蘇らせてから基本の教科書を読むことにした。8月一杯かけて記憶蘇り作戦を行う。今の知識では3級合格もおぼつかない私なのだ。いよいよ勉強が始まる。

京都を知るためには、どうしても日本史に精通する必要がある。先日、研修で図書館に行った折、昼休みになにげなく館内を歩いていて、「日本漫画歴史...」という本を見つけた。パラパラとめくると浄土真宗の起こりのあたりで親鸞の娘覚信尼の話が描かれていた。時間がなかったのでしっかり見ることはできなかったが、漫画シリーズで全20巻ぐらいのものが3組あった。これを読破(?)すれば多少なりとも知識の整理ができそうであった。でもこの漫画シリーズ、意外と見るというより読むというレベルかもしれない。あなどる事なかれである。

名古屋はここ数日はっきりしない天気が続いている。今度の3連休に京都へ出かけようとJTBに出かけたのだが、障害者手帳を忘れてしった。今日からは仕事がいそがしくなり、とても切符を買いに行く余裕はない。今年は無理かもしれない。いずれにしても旅館は既に満杯のであろう。少し残念だが、図書館で歴史の勉強でもするか。

(京都検定を目指す皆さんお互いにがんばりましょう。 5月に行った京都の写真です。)


2007/7/1 「やっとパソコンが帰ってきた」

先週、2ヶ月ぶりにパソコンが帰ってきた。何度もメーカーの人と話をしたのだが、チップを作っている会社が倒産したらしく修理は不可能だということであった。最終的には2006年秋モデルの機種と変更させて欲しいとの申し出があり、処理スピードには多少の不満があったが、1年半使ったものが新品になるならとメーカーの申し出を受けた。メーカー(日立)の対応には満足していた。機械は届いたが環境を整えるのに必死であった。やっと今朝使える環境が整いパソコンに向かっている。

京都検定1級の勉強をいよいよ始めようと思っている。しかし、その前に失ってしまった記憶を取り戻すところから始めなくてはならない。先日も友人に祇園祭りについて話したのだが、切符入り、神輿洗い、宵山、お菓子、注連縄きり、お旅所....喋っていてもどかしくなるほど記憶が失われていて、あれは...、それはと...え~と...ボロボロになってしまった。この記憶の再生に最低2ヶ月はいりそうである。

勉強の継続は、勉強を楽しむこと。誰にも強制されず自らが望んでやっていることだから。


2007/5/14 「伏見の散策」

パソコンが壊れて長いこと修理にかかってしまった。

5月3日に京都を訪れ、城南宮、御香宮神社、伏見桃山城、伏見の酒蔵、寺田屋、醍醐寺と廻ってきた。本当は勧修寺、随心寺、醍醐寺から右回りで廻る予定だったが、京都駅で烏丸線を逆に乗ってしまい急きょコース変更をした。

抜群に良い天気で、週末にもかかわらず、観光客の混雑とは無縁であった。タクシーなどダブーと思っていたが、今回はタクシーを数回使うことになった。山の上に立っ伏見桃山城は、近鉄電車が営業権を放棄したそうでバスも走っていなかった。歩くとなるとかなりの登り坂なので、タクシーを使うことを余儀なくされた。

(今回の旅の報告は、私のHP(http://sinzo.web.infoseek.co.jp/)で近日中にアップする予定です。パソコンが壊れるととても大変です。金も労力も....)


2007/4/26 「京都駅」

先日行った京都の写真である。東山をのんびり歩いた。あまり知られていないが現在の京都駅は4代目で、大空広場、空中経路、朱甲舞、室町小路広場など見所が沢山ある。(京都駅の写真をお楽しみください。次をクリックしてください。 )アルバムへ


2007/4/22 「思いつきで京都に」

5月3日の京都行き切符は既に購入してある。にもかかわらず、4月20日に有休を取り京都へ行ってしまった。転勤後の仕事が一段落したので有休を取ったのだが、いざ休みになるとこれといってやることもなく、女房殿も付合ってくれそうにないので、好きな京都へ行くことを発作的に決めた。当日の朝にである。早朝5時、パソコンに向かってメールをチェックしていて突然その気になった。荷物をまとめ名古屋駅に向かう。幸い7時5分発の高速バスに乗ることができた。京都着は10時、少し時間が掛かり過ぎの感もするが。

この日は、渉成園、耳塚、方広寺、六波羅蜜寺、珍皇寺、護国神社、高台寺、圓徳院、八坂神社(美御前神社)、青蓮院、祇園白川....詳細はホームページで紹介する予定である。

今回の京都旅行で印象に残ったのは、北の政所(ねね)が余生を過ごした圓徳院の北庭である(右の写真)。観光客がいなくなるのをじっと待って撮った写真である。ここにはボランティアがおり、懇切丁寧な説明にしてくれる。もう一つ、高台寺、圓徳院はありがたいことに障害者手帳の提示で無料で見学することができる。禅宗寺院は無料が多い。相国寺、東福寺も確か無料であった。

5月3日は、京都の南、醍醐寺周辺を訪ねたいと思っている。我が女房殿は気持ちがでかい。


2007/4/18 「5月3日に京都へ」

勉強は進んでいるだろうか。私はPhotoshopとIllustratorにどっぷりはまり込み勉強はさっぱりである。それでも1級への志を忘れないように京都の写真を題材にしている。あまり進歩しないがPhotoshopでレタッチした写真である。ご存知、南禅寺の水路閣。

転勤してバタバタとした毎日を過ごしてきたが、連休はゆっくり休めそうである。仕事でいろいろと教えてくれる友人と5月3日に京都へ行くことになっている。名古屋発7時頃。まだ、チケットは取っていないが、混雑は承知の上、友人が生まれた藤森神社の辺りをゆっくりと回ろうと思っている。日帰りというのが少し残念だがしょうがない。
その頃の京都はどこが見どころなのか。太田神社の杜若(かきつばた)はまだ早いだろう。情報をもらえるとうれしいんだが、私のページを見てる貴重な人たちへ.....  早くチケットを取らねば....


2007/4/11 「アー忙しい」  

どこの職場も人手不足。今度の職場も超人手不足である。仕事の内容は庶務・経理・その他全般。私の得意ジャンル(?)を活かせるところは皆無。それでもめげずに早朝出勤をして元気に過ごしている。残念なのは、気忙しさが原因なのだが、京都検定の勉強が少し負担になってしまっている。

気分転換で少し違ったことをやろうと、京都の写真を素材にして遊び心でこんなもん(http://sinzo.web.infoseek.co.jp/aruku/kyoto/art/artindex.html)を作ってみた。やはり、私は京都が好きだ。

私の横で孫が寝息を立てている。この子のためにも元気で長生きせねばと思う私である。


2007/4/2 「今日から新しい職場」

本日から新しい職場だ。仕事にも人にも慣れなくていけない。当分、気疲れの毎日が続きそうである。やだやだ....  上手にストレスを発散しなければならない。私の発散術としては、黙々と歩くこと(最近は少しサボり気味)、写真を撮りまくること、パソコンに集中すること、大食いをすること。即効性のあるのは大食いなのだが、心臓手術を受けた身としては危険な行為だ。タバコは止めたが、食はなかなか自制が効かない。職場を変わったのを転機にダイエットを始めようと思って入るのだが。かなり真剣に。

昨日、ホームページを見直すと京都を題材としたJavaScriptの作品があったので「京都編(京都へ思いを込めて)」に「京都を素材に遊ぶ」(http://sinzo.web.infoseek.co.jp/aruku/kyoto/sakuhin.html)追加した。どんどん追加していこうと思っている。これが結構なストレス発散になるようだ。


2007/3/30 「転勤になりました」

長い間、転勤を希望していたが、私の訴えなど叶えられるはずもないとあきらめていた。ところが転勤の内示があり、しかも昇任もさせてもらえることになった。上司がずいぶん努力してくれたのであろう。感謝、感謝である。

しかし、、転勤先の仕事は目茶忙しそうである。人がいなくて私が庶務系経理系の仕事をすべてこなすことになっているようである。気持ちは滅入ってはいない。新しい環境での仕事に気持ちが切り替わっている。定年退職まで後3年。がんばろう...と思っている。

写真好きの甥っ子と京都撮影旅行の話が進行中である。彼の予定しだいだが4月の中頃以降に行けそうである。平安神宮の枝垂桜、仁和寺の御室桜はまだ大丈夫だろうか。期待でわくわくする。


2007/3/27 「愛用のコンパクトプレーヤーが」

突然、訳のわからないコメントを発してプレーヤー(SIGNEO SH=1000)が立ち上がらなくなった。メールで照会すると、どうも故障らしい。通勤時間に京都検定の勉強をするのに使っていたので、これが聞けなくなると実に手持ち無沙汰というか寂しいというか...

今回の2級合格もこのプレーヤーによるところが大きい。過去問題を録音してそれに答える。それを反復する。老人性健忘症気味の私に最適の勉強方法なのだ。


2007/3/19 「ホームページビルダー11」

娘を新幹線まで見送った。昨日、3姉妹の最後の娘が結婚式を挙げた。少し寂しいのだがそれもしょうがないことなのだろう。 帰りに久しぶりにパソコンショップに寄ると、ホームページビルダー11が売られていた。ビルダースペシャリストとしてはいかに金欠状態でも買わざるを得ないソフトである。早速、インストールした。これで私のPCにはVer8,9,10,11のソフトが入っている。スタイルシート(CSS)は改善されたのでしょうか。少し期待。

4月に久しぶりに京都へ行こうと思っている。平安神宮の神苑に。


2007/3/6 「京都検定暗記帖」

「京都暗記帖」。このサイトのことは、京都検定を受ける方なら恐らく知っていると思う。2級を受けるときに大いに利用させてもらった。昨年の試験以来ご無沙汰していたが、久しぶりにサイトを覘くと、記事が沢山追加されていた。毎日更新されているようだ。その努力には頭が下がる思いである。 今年は1級に挑戦しようと思っているが、このサイトを利用させてもらい記憶の整理をしたいと考えている。他に私のお勧めのサイトは、若村亮さんの旅コラム。いろんな切り口で京都が紹介されている。

(今年の名古屋は花粉がひどいようです。はれぼったい目、老体に鞭打って、頑張っています。)


2007/3/1 「PowerPointで情報をまとめる」

いよいよ今日から3月。旧年度の整理と新年度の準備で慌しい月。今年の東山花灯路は娘の結婚式で行けなかった。昨年は女房殿と出かけたのだが生憎の雨。リベンジを願っていた今年なのだが...まぁ、娘の結婚のほうがうれしいけど。

京都試験を目指して沢山の本を読むのだが、やはり、ノートを作ってその都度メモっておかないと、折角の情報を無くしてしまう。私はマイクロソフトのPowerPointで作っている。祭事編、歴史編、寺社編、神社編、庭園編...その他編....と大きなジャンル分けをしているが、ともかく気がついたときにPowerPointでメモっている。昨年の9月から作り始めたのでかなりの容量になってきた。最近は雑学的に作っている「その他編」がなかなか立ち上がらなくなった。写真を沢山保存しているのでスライド500枚、容量が10メガバイトにまでなってしまっている。今年の9月頃からスライドを整理し、最終的には暗記用のデータに加工することなる。この作業が結構大変なのだが、パソコンスキルも伸びるので一挙両得といったところであろうか。ノート作りには、マルチメディアを比較的簡単に利用できるPowerPointがお勧めである。


2007/2/23 「西芳寺」

京都検定を受ける人なら、西芳寺(苔寺)は知っていると思うが、拝観の方法までは知らないという人が結構いるのではないか。

 

先日、私は松尾大社、月読神社、華厳寺(鈴虫寺)、西芳寺と回ったのだが、西芳寺は事前拝観申込みが必要であった。準備不足、勉強不足で折角のチャンスを失ってしまった。過日、申込み方法を調べたが、拝観料(冥加料=みゃうがりょう)が3000円以上になっていた。それにしても高すぎる。夢窓疎石が作った庭、是非見たいのだが、少し考えてしまう。ミーハーのお客には見てもらいたくないと言う寺側の思いなのかもしれない。慢性金欠病の私にはチョト辛いところがある。

西芳寺の近くに桂離宮がある。桂離宮も事前申込みが必要なので、西芳寺とセットで申し込むと効率よく拝観することが出来る。それにしても西芳寺の拝観には人数制限があるようなので申込みに際しては事前の問い合わせた方が懸命だろう。

私は、退職してからの楽しみにとっておくことにした。 (西芳寺拝観の申込み)  往復はがきに希望日、代表者氏名、住所、人数を記入。返信はがきの表には代表者の住所、氏名を記入。裏面は白紙にしておく。受付は2ヶ月前から7日前までに必着。参加時間が記された返信はがきが届く。写真は硬く閉ざされた西芳寺


2007/2/20 「京都観光情報誌」

昨日、勤め帰りに書店に寄り、「京都にでかけよう」(昭文社、838円)、「京都-ほんまもん宣言-」(るるぶ、840円)を衝動買いした。今、これを読む必要はないのだが買ってしまった。(なにせ本の衝動買いで私の本箱は溢れかえっており、いつも女房殿から小言をいただいております。)地下鉄の中で読み始めると、これが知識の宝庫なのである。実に楽しい。今までミーハーな雑誌だと冷ややかに思っていたが、宝の山であった。京都検定に出会う前も同じように読んではいたが、今思えば読み流していたのであろう。家に帰って一気に2冊とも読んでしまった。あっという間の時間であった。読み手側に知識があるとこれほどまでに雑誌は変わってしまうのだ。自分にこれほどまでの知識があったことに驚きであった。京都検定の勉強も捨てたもんじゃないと少し満足げな私であった。


2007/2/16 「京都の写真」

私がデジタルカメラを使い始めたのは1994年12月から。最初は100万画素のEPSONであった。今では携帯カメラでさえ100万画素を超える時代だが、当時としては画期的であった。それまでのスチールカメラと比べて画像は落ちるもののその手軽さは比べようもなかった。綺麗な写真はスチールカメラ、スナップ写真はデジタルカメラと使い分けていた。現在のカメラはNikonD50で3台目になる。

 京都の写真は19997年から保存がしてある。その当時は今ほど京都を知らなかったので、もう少し先に行けば貴重な写真が撮れたのにと思うことが沢山ある。しかし、逆に思ってもいなかったものが写真に撮られていたりすることもある。

昔の写真をゆっくりと見直すために、PC上に「京都」というフォルダを作り、そこに過去の写真をまとめてみた。こうすれば最短で過去の写真を楽しめるからだ。

1997年の写真は友人達と京都に行ったときの写真で、どこかのお寺で団子を食べているスナップから始まる。何故か一番下の娘も一緒に映っていた。このお寺はどこだったかなぁ....前後の写真を見ても分からない....以前ならここで終わっていたはずだが、幸いにも京都検定の勉強が活きた....嵐山の清涼寺境内の南にあるお茶屋であぶり餅を食べている写真であった。写った友人達は実に若かった。

こんな風に過去の写真を見ながら京都検定の勉強成果を脳に刻み込む作業は楽しいものである。当分、楽しめそうである。なにせ京都の写真は10,000枚ぐらいになっている。


2007/2/14 「歴史に興味が」

京都を勉強してきて不思議に思うことがある。  
・藤原道長を頂点とする藤原氏の繁栄が、何故、急に衰えていったのか?
・南北朝は何故50年以上も続いたのか?
・平清盛、足利尊氏、織田信長...何故、天皇になろうとしなかったのか?
・一休宗純は、何故、天皇になれなかったのか?  
・平城京、例えば、東大寺、興福寺の宗派はなんなのか。?
・天台宗前の宗教とは?
・平城京仏教と平安京仏教の関係(勢力図)は?    等々

   気がつかないうちに歴史の虜になっている。こんな探究心が学生時代にあったら全く違った人生を歩んでいたのではと思う。かといって、現在に不満があるわけではない。むしろ幸せすぎるほどだ。なにが自分にとってベストなのか。難しい問題である。 (写真は阪急西院駅で食べたそばです。少し甘めのだし汁に大きな油揚、得した気分です。)


2007/2/4 「記憶の衰え」

私も偉そうなことは言っていられない。昨年末の試験に記憶のピークをあわせていたので、それ以後は坂道を転げ落ちるような勢いで、記憶が消え始めています。老いぼれの記憶力は実に悲しい。このまま1ヶ月もすれば記憶はオールクリアされるだろう。記憶が知識になり切れていないのだ。単に参考書を丸暗記したに過ぎなかったと反省している。新しいことを覚えると同時に記憶を保つと努力も必要なのだ。ということはどっぷり京都勉強に浸かるしかないようだ。


2007/2/2「気持ちの整理がつきました」

第3回京都検定の結果(合格率)を見て、京都検定への興味が急速に衰えた。「京都を楽しむためだけに勉強すればいいんだ」と自分自身に言聞かせるのだが....京都、勉強、試験、楽しみ、生活の張り、ステータス .....

つまらない愚痴は止めた。「京都を楽しむために勉強すること」と「試験に合格するために勉強すること」は微妙に次元が違うのだと気付いたのだ。いつのまにか試験に受かることが勉強の目的だと誤解してしまっていたようだ。楽しみで始めた勉強が、試験が近づくにつれて苦痛になっていったのもその現われだったのどろう。今のこの気持ちを忘れないようにしたい。

私は、この気持ちを忘れないようにして、今年12月の1級を受けようと決心した。我ながら実に気持ちの立ち直りが早いと感心している。


2007/2/10「結果発表その3」

昨日、結果が郵送されてきた。女房度から職場へ電話連絡があり合格したことを知った。まぁ、結果はだいたい分かっていたが、それでも嬉しいものだ。定刻に会社を出て家路を急いだ。

3級合格率=53.3%、2級合格率=50.8%...この結果に愕然とした。先ほどまでの気持ちが急に冷めて(しらけて)しまった。確かに私も2級は85点とまだまだ勉強不足であったが、合格率=50.8%は興ざめ以外の何物でもない。1級の合格率は知らないが押して知るべしだろう。

確かに第2回試験は、どの級でも問題の難易度が高く合格率も低いものであった。だから合格を目指して勉強も頑張れたと思う。努力したが、難しくて不合格になったとしても納得できる。何故なら合格することが最終目標ではないからだ。合格しても社会的にはなんのメリットもない。 京都をもっと知りたいと勉強する。その過程に京都検定があり、合格すればさらに弾みがつきより勉強する。京都をより楽しむことが出来るようになる。目標はそれなのだ。しかし、そうは言っても、この京都検定に合格したという事実をステータスにしたいという思がどこかにある。ステータスとなりうる難易度の高い試験が必要なのだ。

試験はある程度の難易度がないと格式が落ち魅力に欠けたものになってしまう。今回程度の難易度では話のネタにもならない。京都検定の狙いが分からなくなった。第4回試験に今回の結果が大きく反映(受験者が大幅に減る)されると思う。この先が心配だ。できれば育っていってほしい試験だと思っている。ミーハー的な試験ならその永続性は、近い将来、必ず失われる。


2007/02/02「1級への挑戦は??」

第3回京都検定の結果(合格率)を見て、京都検定への興味が急速に衰えた。「京都を楽しむためだけに勉強すればいいんだ」と自分自身に言聞かせるのだが....京都、勉強、試験、楽しみ、生活の張り、ステータス ??????

私も偉そうなことは言ってられない。昨年末の試験に記憶のピークをあわせていたので、それ以後、記憶は消え始めている。坂道を転げる落ちるような勢いで。試験合格が最終目標でないと言いながら、試験後はあまり勉強をしなくなっていた。老いぼれの記憶力は実に悲しい。このまま1ヶ月もすれば記憶はオールクリアされるだろう。記憶が知識になり切れていないのだ。参考書を丸暗記したに過ぎなかったのだと反省している。京都をこれからの人生でもっと楽しみたいと思っている私には勉強するしかないのだ。試験制度なんかどうでもいいのである。京都を楽しむということと試験に合格するということは微妙に次元が違うのだ。勉強という言い方もしっくりこないが。

私は、この気持ちを持ち続け今年12月の1級を受けようと決心した。京都の勉強を楽しみながら...

休み明けの月曜日は辛い。肉体的にも精神的にも。定年まで3年2ヶ月。ゴールはマジか頑張らねば。

1級の受験....どうしようかな....なにか気持ちがすっきりしない。


2007/1/30「結果発表その2」

何度となく商工会議所のHPを見たが、画面にはまったく変化なし。しびれを切らして商工会議所に電話をした。(少し大人気ないかも!)答えは、「郵送だけです」とそっけない。今どきWebで発表してくれないなんて....終わってしまった情報を掲載しっぱなしのHPといい、なにか熱意を感じない。何か急に興ざめしてしまった。折角ここまで育ってきた試験制度、受験者にとってもっと魅力的なものにしてほしいと強く思う。  

提案である。
 ・2級、3級は1級とは区別し、早めに合格を発表する。
 ・合格結果をWebに掲載する。個人情報が気になるならパスワードを設定する。
 ・HPは出来るだけ更新する。応募状況等を掲載する。 等々


2007/1/29「結果発表」

今日は2級・3級の結果発表日である。早朝早速、商工会議所のHPにアクセスしてみた。期限切れになったページがそのまま残っているだけであった。当然、HPで合格者の受験番号が掲載されると思い込んでいたので、特に質問もしなかったが、結果は郵送されるだけなのかもしれない。がっかりであった。個人情報の問題云々とおっしゃるかもしないが、その辺のサービスをもう少しグレードアップする必要がある。

先週の金曜日の京都行きは、天気も良く最高の一日であった。少し予定と違ったが、京都駅、東本願寺、平等寺、佛光寺、、壬生寺、四条通を西へ、梅宮神社、松尾大社、月読神社、鈴虫寺、西芳寺(ここは事前申し込みが必要であった)、嵐山大河内山荘、滝口寺、祗王寺、ここで17時になりタイムアップ。京福線を蚕の社まで歩くという計画が実行できなかった。次回の楽しみに残しておくことにした。この京都行きの詳細は後日、私のHPで報告する予定である。

合格発表の方法を知っている人...教えてくれないかな!!!

京都旅行の報告:京都散策(四条通をただただ西に進む)←クリック


2007/1/25「明日の予定」

京都へ行く楽しみは、ウオーキング、京都検定、写真撮影....といろいろあるが、やはり観光がメインだ。名古屋という近場に住んでいるが、京都行きは年間4、5回が限度で、どうしても慌しいスケジュールを立てざるを得ない。

早速、歩くコースを考えた。八坂神社から四条通を真直ぐ西に歩くというのが今回のテーマである。

八坂神社(スタート)、仏光寺、梅宮大社、華厳寺、西芳寺、松尾大社、渡月橋、小督塚、大河内山荘、常寂光寺、二尊院、祗王寺、滝口寺、清涼寺、あらしやま駅、鹿王院(ろくおういん)、車折神社、有栖川駅、帷子ノ辻駅、広隆寺、太秦駅、蚕の社(ゴール)

こんなに歩けるのかな。拝観料も馬鹿にならないし.....ともかく予定なのでどうなるかは分からない。体力的にも不安はあるし。ここ数日、急に寒くなって、寒さも敵になるだろう。何故、こんなにも頑張るのか? やはり京都が好きだからである。

京都検定の合格発表は来週の月曜日だ。多分、合格していると思うが、受験番号を忘れたり、名前を忘れたり、やはり結果を見ないと不安である。


2007/1/24「ポッドキャスティング」

KBS京都ラジオの「京都検定!なるほど研究所」は、京都検定を目指すものにはありがたい番組だ。京都検定を受験するかどうか迷っていたときにであった番組である。私が京都検定(京都)にのめり込む要因を作ってくれたことに感謝している。

これまでの利用方法は番組が提供するMP3ファイル(番組ダイジェスト放送)をダウンロードして、通勤の途中に聞いていた。しかし、番組サイトにアップロードされるファイルをいつも管理するのはとても大変なのだ。サイトにアクセスし、TOP画面でアップロードの状況を見る。まだ、更新されていないんだ...やっと更新されたかと。結構面倒くさいものであった。

これを解決してくれるポッドキャスティングなる仕組みがあった。以前から概略だけは知っていたが、実際に使うのは始めてであった。アップルコンピュータ(株)からiTunesをダウンロードし、インストールしてアドレスを登録すれば毎日決まった時間に新しい情報のチェックをしてくれるものだ。新しい情報があればそれをダウンロードしてくれる。それほど難しくない作業行程だ。ただ、注意しなければならないのは最初に立ち上げたときに自分のハードディスクにある関係ファイル(画像、音声)を勝手に登録しようとすることだ。なにかやってるなと見ていると莫大な作業を繰り返していた。勿論それが必要なら問題ないのだが、あとから登録されたファイルを消すのにかなりの時間がかかってしまう。どれほど便利なのか期待している。

明後日の京都行きの往復切符を購入した。予定が少し狂い、京都着は7時40分になってしまった。今年最初の京都行き、とことん楽しもうと思っている。


2007/1/23「今年最初の京都」

年越しで仕事に追われていた。1月に監査があったので精神的プレッシャーで正月を過ごしていた。まじめに仕事はしているのだが、監査となるとどうしても緊張してしまものである。その監査も無事に終わったので、有休をもらい、次の金曜日に京都に行くことにした。今年初めての京都行きである。

財布が底を突いているので宿泊は難しい状況である。女房殿に頼んで、交通費に旅行券を使うことにした。私は障害者(心臓)なのでJRの運賃が割引され、名古屋・京都間を往復で9,000円弱である。高速バスを使えば往復2,500円なのだが、片道2時間もかかってしまうので、日帰り京都行きには新幹線を使わざるを得ない。

今回の目的は、京都をとことん歩くことである。八坂神社を出発(7:30頃)して四条通を西に進む、どんどん進む。洛西の松尾大社(11:30頃)まで歩く。寄り道もするので約10kmぐらいであろうか。そこから桂川畔を2kmぐらい北に嵐山まで歩く。亀山公園、大河内山荘、時雨殿を散策し、京福電車沿いに蚕の社まで(16:00頃)歩く。5kmぐらいか。恐らく寄り道が多くなるので総距離20kmといったところであろう。

最近は殆ど歩いていないので体力が心配である。この京都行きがウオーキング初めでもあり、でっぷりと太った体に鞭打って完歩を目指したい。


2007/1/19「情けない」

私の勉強方法は、ウオーキング&ボイスレコードである??  参考書も問題集も自分の声で録音し、それをウオーキング(通勤時間も含める)しながらリピート再生する。
 昨日、1ヶ月ぶりに聞きなおしてみると、完璧に覚えたはずの過去問題集に答えることが出来ない。人の記憶とはこれほどまでに脆いのか。覚えることも多いが、反面、消えていく記憶も多い。

名古屋は珍しく冬らしい日になった。毛糸の帽子をかぶり手袋をして、さぁ、出勤...


2007/1/16「小督(こごう)という人」

平家物語「巻第六」の話。平清盛の娘徳子(のちの建礼門院)は高倉天皇の中宮であった。しかし、こともあろうか小督(こごう)は天皇の寵愛を受けることとなり、さらに小督には藤原隆房という恋人がおり、その藤原隆房の妻がこれまた清盛の娘であった。清盛は小督を排除しようと動く。 「小督があらんかぎりは世中よかるまじ」。

恐れを感じた小督は身を隠す。一度は高倉天皇のところへ連れ戻された小督も、また清盛に見つかり、今度は尼にさせられて(清閑寺)、嵯峨の地で亡くなったといわれている。その当時、出家するということは、現世から逃れ心にやすらぎをもたらす手段であった。その心の安らぎを得るはずの出家も清盛に命じられた小督の気持ち。清盛を憎みながら小督は余生を過ごしたことであろう。(私の勝手な推測)


2007/01/15「大徳寺の塔頭」

先週末、山と渓谷社の「時代別京都を歩く」1470円、「歴史上の人物21人を歩く(時代別・京都Ⅱ)」1575円を購入する。これが結構面白くてはまってしまっている。前半に人物の詳細が書かれており、後半にその人物に関係する場所を訪ねるという構成である。  読みながら覚えることと忘れたことのギャップに驚いている。もちろん忘れたことの多さにである。大徳寺の塔頭、受験には必須事項なのだが、もうこれを忘れかけている。記憶があいまいになっている。

○黄梅院(おうばいいん)  昨夢軒(武野紹鷗好み)、雲谷等顔の「竹林七賢図」
○高桐院(こうとういん) 細川幽斎の菩提所、松向軒、袈裟型の手水鉢、意北軒(書院)、阿国の墓
○孤篷庵(こほうあん) 小堀遠州が建立 忘筌席(路結の手水鉢)、直入軒
○聚光院(じゅこういん) 三好家、三千家の菩提寺、利休の供養棟、閑隠席(かんいんせき)、枡床席
○真珠庵(しんじゅあん) 一休宗純、庭玉軒(金森宗和、内坪)、村田珠光の墓
○大仙院(だいせんいん 六角氏 、枯山水庭園
○芳春院(ほうしゅんいん) 前田家(松子が創建)の菩提寺、京の四閣 呑湖閣(どんこ閣)
○龍源院(りょうげんいん) 畠山・大友、龍吟庭、東滴壺(とうてきこ、最小の
○龍光院(りょうこういん) 黒田長政、小堀遠州の作の茶室、 密庵席(みつたん)
                      

そうとう勉強しないと記憶の維持すら難しい。厳しい1年になりそうである。